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カテゴリ:歴史・哲学・地理・宗教(48/87)

「邪馬台国」、その結論 : 星野 盛久 | BookWay書店





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タイトル: 「邪馬台国」、その結論

著者: 星野 盛久  書店: BookWay書店 

カテゴリー: 歴史・哲学・地理・宗教
ページ数: 328
サイズ: 128×188

電子書籍 対応機器: pcipadiphoneandroid
形式: ActiBook One
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本の要約

邪馬台国についてはすでに膨大な数の論文や書籍が世に出され、中でも議論の中心は「邪馬台国はどこにあったのか」であった。しかしそれについては未だに結論を見ていない。最近では九州説と近畿説が有力とされているが、決着はついていない。決着がつかない原因は、研究者が自説を主張することにばかり熱心で、他の研究の成果を取り入れて結論を導こうとする態度が希薄なためである。
研究者の説の中には、合理的な考察が多くある半面、合理的な根拠が無く、ほとんど信仰のように自説にしがみついているケースもまた多々ある。本書はそれらの諸説の中から、重要な論点について合理的な結論を取捨選択し、さらに著者独自の視点も織り込んで、全体として矛盾のない邪馬台国論を構築した。しかも、邪馬台国についての議論を深化させるために一つ一つの結論に根拠を示し、邪馬台国問題の重要な論点を網羅した論考とした。
その結果として、邪馬台国は筑後平野の大規模遺跡であったという論理の帰結を得た。その論理の流れは、推理小説を読むように気持ちよく読者を結論に導くはずだ。
さらに、本書は一般の人々にも分かりやすいことを目指し、出来るだけ平明な言葉で記述するように工夫した。邪馬台国に詳しくない人々にも議論に参加できるように、邪馬台国問題の論点をしっかり整理した。

著者のプロフィール

1948年、栃木県生まれ。一橋大学社会学部卒業。大手自動車会社で長年海外のディストリビューターおよび国内ディーラーの経営指導に当たる。その後、国内ディーラーの社長を務めるかたわら、邪馬台国の研究を継続。邪馬台国についての果てしない議論に決着がつかないのは、根拠のない持論を強弁する研究が多いことにあるとし、アテスタビリティ―(検証可能性)を重視する立場をとっている。
従来の魏志倭人伝の解釈のみに偏った方法ではなく、考古学、人類学をはじめ、気候学、統計学、海洋科学、地理学、天文学など、諸科学の成果を踏まえた合理的、客観的アプローチで邪馬台国の謎の解明に挑んでいる。
現在、大分県で活動する「歴史と自然を学ぶ会」の常任講師を勤め、古代史をテーマに講座を持っている。また「全国邪馬台国連絡協議会」会員として論文を発表。古代の宇佐神宮を舞台にした小説も発表している。著書に論文『難民がつくった国「倭国」』、小説『黄金の百済』などがある。

著者からの書籍PR

 「邪馬台国」は日本列島で歴史上最初に文献に記録された国です。つまり日本国のルーツともいえる国です。しかしその国についてはほとんど何もわかっていません。なぜなら日本の最も古い歴史書とされる「日本書紀」や「古事記」には「邪馬台国」の記述が無いからです。
 「邪馬台国」は中国の歴史書「三国志」の中の通称「倭人伝」という部分に記載されている国です。そこで、この「倭人伝」の記述から「邪馬台国」とはどういう国で、どこにあったのかをつきとめようとして、古くから多くの研究者が悪戦苦闘してきましたが、未だに結論が出ていません。筆者はその理由を従来の研究者が自説を主張するのに忙しく、他の説を取り入れながら、議論を収斂させようとしてこなかったためだと考えました。
 そこで本書はそれら先人の研究を取捨選択し、合理的で科学的な説を組み立て直し、また著者の新たな視点を組み込みながら、最も妥当な仮説とはどういうものになるかを模索したものです。従って、「倭人伝」の解釈にとどまらず、考古学、古代気候学、人類学、海洋科学などの最新の研究成果も踏まえたアプローチを試みました。
 本書は合理性を第一にしていますので「邪馬台国」問題に詳しくない方でも推理小説を楽しむように邪馬台国の謎解きに参加いただけるようになっています。当然難しい専門用語は極力避け、平明な言葉で誰でも理解しやすく記述してあります。そして平明、簡潔ですが「邪馬台国」問題の主要な論点についてはほぼ網羅してありますので誰でも邪馬台国論争に参加していただけるようになっています。
 では最も論争の焦点となっている邪馬台国はどこにあったのかについて、さわりをご紹介します。
 従来邪馬台国は近畿だとか九州だとか論争がありましたが、それは倭人伝の記述にある距離が実際の地理にあっていないことが問題でした。記述された距離は実際の地理よりはるかに誇大になっていると考えられるのですが、「邪馬台国」の場所を探るにはその距離をどう考えるかということが焦点になります。そこで著者は「倭人伝」の距離を 実際に辿った道のりを計測したものと考えた場合と、主要な地点間の直線距離を計算で算出したものと考えた場合に分けて綿密に考証し、それぞれ北部九州の巨大な弥生住居遺跡が有力候補であるという結論を得ました。従って、結果的に「邪馬台国」はどちらにしても九州にあったという結論になったので近畿説を否定したことになります。しかし、改めて弥生時代の大きな住居遺跡の分布を見てみますと、圧倒的に北部九州の東部に集中しており、近畿地方、特に近畿説の本命である奈良県には、めぼしい弥生住居遺跡はないことが判明しましたので、当然の結果だといえるでしょう。
 その他、「邪馬台国」があった弥生時代という時代がどういう時代であったか、いつからいつまでと考えるかなど、新しい視点を盛り込んだ論考も分かりやすく解説してありますので、ぜひ、日本のルーツに迫る古代の謎解きに参加してみてください。

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